才能に本気で向き合えば絶対に人生充実する理論

自身の才能を活かし、特技を磨きさえすれば、どこでも通用する技術を手に入れ、誰からも必要とされ、望む人生を手に入れる事が出来る。しかし、「才能」というモノに関して、私達はあまりにも無知だと思うし、それが何なのかを教えてくれる人もいない。学校など、むしろ最悪なんではないか?とすら思う。誰だって才能はあるし、むしろ「才能」と言うものを勘違いしているようだから、より「才能」というモノの理解を深めて、充実した職生活を送ろうじゃないかってお話。


才能というものを理解する

元ネタの書先

自慢じゃないが、この話しは受け売りである。マーカス・バッキンガムという、イギリス人が書いた世界的ベストセラー「さあ、才能(じぶん)に目覚めよう」という書籍の研究内容が元ネタである。この本を読んだときは、それはもう本当に衝撃を受けた。才能や努力、将来の夢、子供の教育に至るまで、引っかかっていた全てのもやもやを、一撃で破壊してくれた。そんな快進の一撃を放ってくれる、クリティカルな一冊である。

才能に対する誤解

多くの場合、「才能」とは、恵まれた資質として捉えている人が多いような気がする。偶然か神の気まぐれか、天が与えた無二の優れた特殊能力とでも考えているだろうか?とにかくニュアンス的にはそんなもんだろう。才能に恵まれた人を「天才」と呼ぶのだから、こう定義して差し支えないだろう。しかし、「さあ、才能(じぶん)に目覚めよう」では才能をそのようには定義していない。むしろ「特徴」と言い換えた方が良いだろう。

変容しない「特徴」が「才能」の正体

マーカス・バッキンガムは、「変える事が出来ない繰り返し行なってしまう特徴」の事を「才能」と呼んでいる。優れた能力の事ではない。繰り返し行なってしまう行動は、「好き」という事が根源にある。その事を考えるだけで、自身のエネルギーになるもの。楽しくて仕方がないもの。うまいか下手かは問題ではない。だって「好き」なんだから。そういうものの事を「才能」と呼んでいる。

「好き」である事は最高の才能である

例えば子供が算数の成績が良かったとしよう。しかし、算数は好きではない。というか、むしろ嫌い。その子は音楽が好きなのだとしたら。それは音楽の才能を持っているといえる。好きこそモノの誉れなりとは良くいったもので、マーカス・バッキンガムが東洋のことわざを知っているかどうかは知る術がないが、マーカス・バッキンガムが、好きである事事が「才能」であるというニュアンスの言い方をしているのである。私はこの事柄に心を震わせた。だってそうだろう?「好き」を諦めなくて良いのである。子供にも「好き」を諦めさせなくて良いのである。

才能は変容しない

「三つ子の魂百まで」ということわざが示す通り、人は根本的に、子供の頃からかわらない。これは事実としてそうであったから生まれたことわざであるが、マーカス・バッキンガムは、同様の内容を明言している。脳化学の研究結果によると、人間のシナプスは3才までに爆発的に増え、それを機に死亡するまで減少の一途をたどる。これは減少する事に意味があるといわれている。人間の脳は、思っているよりも膨大な量の情報を処理する事が出来る事が、様々な研究でわかっているし、まだ脳の全てを解明出来ている訳ではない。基本的に人間の自我は、その膨大な量を処理する事が出来ないため、いわゆる「選択と集中」を3才までに行なっているのであろうという事である。3才までに強く繋がったシナプスが、以後より強く繋がり、弱い繋がりは、以後途切れていく。シナプスの繋がりこそが「自我」そのものであり、歳を経るにつれて、より強い自我を形成していくのである。つまり、変容どころか、より強固になるのである。

才能と技能の違い

才能は変容しない。特徴とは、尖っていればいるほど、反対に困る事もあるだろう。要は捉え方なのである。長所と短所は表裏一体。ポジティブに受取れば長所であり、ネガティヴに受取れば短所である。反対に、「技能」とは、後から習得する事が出来る能力の事である。才能とはあらかじめ、君の脳にセットされた、いわばハードデバイスである。脳は様々な技能を、学習で習得出来る。この特性はソフトウェアに近い。同じスペックの同じマシンでも、インストールするソフトウェアによって、いろいろの可能性を示す。変えられないものを変えようとする行為は、とても苦痛を伴う上に成熟しないだろう。才能と技能の違いを理解する必要があるのである。

才能を活かす生き方

うまく付き合うには自身の才能の理解が必須

物事を理解する為には、まずは「動かない要素」を特定するべきである。その要素を起点にして行動を構築すれば、遠回りだったとしても必ずゴールする事が出来る。つまり、「才能」が変える事ができない特徴であるのであれば、自身の才能に関する理解を深める事がとても大切である事が理解出来る。君の才能とは何だろうか?「さあ、才能(じぶん)に目覚めよう」という書籍は、自己啓発本のというカテゴリーに属しているが、内容は自己啓発ではなく、単純な統計による計測結果を書籍にしたに過ぎない。アメリカ最大の調査会社である、「ギャラップ」の研究結果を書籍にしたのがマーカス・バッキンガムなのである。ギャラップは膨大な研究データを元に、才能を34個の特徴にまで絞り込む事に成功している。

34個の才能

調和性、コミュニケーション、共感性、包含、個別化、親密性、責任感、指令性、競争性、成長促進、ポジティブ、最上志向、社交性、達成欲、活発性、信念、自我、規律性、適応性、目標志向、回復志向、自己確信、分析思考、慎重さ、運命思考、公平性、未来志向、着想、収集心、内省、学習欲、原点思考、戦略性

特徴的なのは、全ての特徴は「ポジティブ」であるということである。同様に、全ての特徴はネガティヴにも捉える事が出来るし、どちらかというと、同じ特徴でもネガティヴな捉え方の方が、世の中に深く浸透しているという点だ。つまり、世の中の多くは、才能を「才能」として捉えずに、修正すべき「悪い所」として捉え、毎日毎日毎日毎日、繰り返し才能を「潰す」作業に没頭している。それほどに才能とは悪目立ちしやすい。しかし、言葉を変えるだけで、こんなにも輝いて見える。

才能に合わせた「技能」の習得を目指す

人は様々な能力を、「学習」によって身につける事が出来る。才能に近しい「技能」であれば、習得も容易であろう。より習得しやすい、自身の能力を発揮しやすい、「続ける事が出来る」技能の習得を目指すべきだ。好きな事は継続が可能だが、嫌いな事はどんなに得意な事であっても、継続が難しい。ウサギと亀のように、どんなに恵まれた能力を持っていたとしても、それを継続出来なかったり、没頭する事が出来ないのであれば、必ず悪い結果を招く。

逃げずに向きあう

ここまで聞くと、嫌いな事からは逃げても良いような理解を示すものがいる。この痴れ者め。逃げるのではない。向き合う必要があるのだ。嫌いな事はどんなに努力しても成熟することはないが、かといって、そのまま放置する訳にも逃げ出す訳にもいかない。よく考えてみてほしい。「その仕事は嫌いだからやりたくないです。」とでもいうのだろうか?そんな事は無理に決まっている。それ以外の方法で解決策を模索する、考えて提案する。それこそが「向き合う」という事なのだ。君以外にだれかその仕事が得意な人がいるかもしれない。そしてその人が君の仕事を手伝ってくれている間に、君が奉仕出来る事があるかもしれない。君はその事に真剣に向き合って、真剣に君の頭で考えなければいけない。それが「向き合う」という事なのだ。

才能を活かす方が至難である事実

「好きな事だけを頑張ろう」などと言うと批判殺到である。理想論だとか、世の中そんなに甘くないだとか、それが出来たら苦労しないだとか。まぁ色々出てくるだろう。そんな君にかける言葉はただ一つである。甘えるな!才能を自覚し、活かし、それに没頭する日々の以下に大変な事か!才能を活かす方が至難なのである。しかし、あえてそうしようというのである。そう出来る事実があるのである。夢を諦めなくて良いのである。君は君の子供向かって「君は才能がないから諦めなさい」とでも言うのか?親とはそういうものではないだろう。

いつしか私の子供が大きくなって、思春期の進路を決める時期になり、その時に私は私の子供に向かって「君は才能がないから諦めなさい」とは絶対に言いたくない。そして夢を諦めなくても良い理論をこの本から学んでいる。この本はそういう勇気を与えてくれる本なのである。

やるならベンチャーしかない!

こんな尖った考え方だと、大企業はまず無理だ。保証しよう。私はクビになった。大企業はこういう考え方を望んでいない。しかし、ベンチャーはどうだろう。むしろこういう事に真剣に取り組む方が向いていると言える。真剣に訴えられる、決定権をもった人間が近くにいる事が多い。それがベンチャーの最大の魅力だと思う。君が真剣であれば真剣であるほど報われる場所。それがベンチャー企業だ!

Smart Tap で働きませんか?

Smart Tap は福岡県筑紫野市のベンチャー企業です。私達の使命は、全てのスマートフォンに最適なソリューションを提案する事です。私達と一緒にSmart Tapの製品を創りませんか?私達は常に意欲のある人財を募集しています。未経験でも全く問題ありません!

やる気と、勇気と、情熱があれば!!

募集要項を確認する

SNSでもご購読できます。

コメントを残す

*

CAPTCHA